『 か・げ・ふ・み 』~ 韻を踏んづけちゃったら ぺっしゃんこ。

「陰文」(かげふみ)。 韻を踏んづけちゃったお手紙です。

『素朴な土の上で』




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土の上には 神が いる

人は土の上でしか生きていくことが出来ない

生き物です

土の恩恵により

食べることも

眠ることも

子孫を残すことも

全て土の上で行われている

もちろん その恩恵にあやかる為に

人は 土の神に 感謝の意を 納めなくては

恩恵をいただくことはできないのかもしれない

土に見放されては

生きていくことが出来ないんだろう

人は一人で生きていくことができるように

出来てはないのだから



自分の立っている地盤をおごそかにすれば

誰も自分を見てはくれなくなる

自由奔放に生きて資源の消費を重ねれば

豊かな土地であっても 資源は いつか尽きる



豊かな土地を求め拡大や奪い合いを続ければ

金銭や利権の豊かさは増えるかもしれないが

維持するための緊張や争いの種を拡大して

心を本当の豊かさで満たすことは難しいのでは




安全に 安心して 生きるためには

土の神の恩恵にすがり

土の神のご加護にすがり

土の神に感謝を納め続け

土の神の制限の中で

土の民として 生きていく


どことなく


今の 国際社会の 構図に 似ていますね



戦争も

飢饉も

災害も


土という 国 の中で 起きること


これらの災いから 守ってもらう為に


年貢を納める 民として の 役割 が与えられる




これは 人 に 生まれ

土の上で生きていくために仕方ないこと

なのかもしれません




でも


その土の上で

食事をし 経験を踏み 学びを得て 愛を育み

時には 苦労 や 苦難 や 悲しみ も 味わい

時には 努力 や 達成 や 幸せ も 味わう でしょう



土を噛み締め

土を踏み締め



土の上でなくては生きていけない生き物として

土で汚れ

土埃を被ろうとも

その 土の上で 懸命に 本当の心の豊かさを

また 土の上で 懸命に 本当の幸せを 育んでいく


それを たゆまず 諦めず

素朴な 土の上で 生きる

土の埃を被る人に敬意の念を払うと共に


私も 土の埃を 纏い 続けて生きたい

それが

私の 土の誇り だ 。



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『 日 と 人 暮 ら し 』


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雨 は 止んで

川 の 水 は 澄みきって

風 も 止んで

空 も 澄みきって


澄みきった 水 と 空気 は

土 と 一緒に 暮らしていて


お日様も 地平線へ 沈み

人も 住処へ 帰っていく


それぞれの 住処 に 暮らし が あるんだ


明日も


明後日も


ずっとね


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『 言葉の綾を糧として 』


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「いずれが 菖蒲(あやめ) か 杜若(かきつばた)」

という 慣用句があるように 言葉には 綾 が あり

ます 。




言葉 は 自分 にも 他者 にも

影響を与える ことが 出来る ツール です


たぶん 一生の中で 一番 多用 する ツール だと

思います



でも

とても 曖昧な ツール だとも 思います

励ますことも

勇気づけることも

元気づけることも

希望を持たせることも

出来てしまう



半面、

争うことも

従わせることも

傷つけることも

絶望 させてしまうことすら

出来てしまう



そう


言葉は 感情 と 反比例 していて

「こんな気持ちで伝えたんだけどなぁ」 とか


「こんな気持ちをわかって欲しいんだけど」と


すれ違いのようなことを感じたことが

多々 ある と 思います


言葉は

言葉 を 受け取る 時でも

言葉 を 受け渡す 時でも

常に 相手 が いて

自分の 思い どうり に 伝わらない

拙い ツール なんだ ということを 忘れては

コミュニケーションが上手くいかないですよね





言葉は 受け取り方 や 伝え方で

自分の 心模様も

相手の 心模様さえも

変えて いって しまうから





私は 言葉の 育て方を 学んで いきたいんだ



言葉を 強制 として では無く

言葉を 共生 として 使っていきたいから

言葉を もっと知りたい





言葉を 競争 として では無く

言葉を 教養 として育んでいきたいから

言葉を もっと覚えたい




言葉の 畑 を 耕しながら

言葉の 苗 を 大切に 育てていきたいんだ





言葉 の 綾 を 糧として

言葉 の あやかし に 勝てとして



言葉 の ある限り

あなた と 仲よく なる ために


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『優しい待ち時間でありますように』


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iPhoneSNS など 現代では 伝える手段が

日々進化 している ように感じますね

コンテンツ や ツールとしても 現代に

欠かせないモノとなっていると言っても

過言では ありません

むしろ

待ち合わせや隙間時間に スマートフォン

見ていない人をあまり見かけなくなったと

言えるでしょう

二十四時間 三六五日 世界中と繋がれるツール

十数年前と比べて 遥かに

便利な世の中になったのかもしれませんね



ですが



どんなに便利になっても扱っているのは


人 です



心も感情も 人 の ままで 扱っているので

便利になったぶん

繋がりが 速くなったぶん

心や感情も 繋がる通信速度に

着いていくように早くなってればいいのですが




恐らく

通信速度が速くなっても

心や感情 が 人 のまま なら

気持ちの焦り や 気持ちのはやり で

期待 と 不安 の思いが より敏感になって

いるのではないでしょうか


何かに待たされているなら尚更のこと





期待があるから不安があり

不安があるから期待をする

期待 と 不安 は 一蓮托生の セットです




機械が進歩しても

期待 と 不安 の 交差する 早さは

人である限り なかなか進歩できないと思います


期待するな

不安になるな

それは そもそも無理な話し



なら

せめて 待っている機会が

せめてでも進歩した機械が

気を紛らわせてくれるツールに

なってくれることに期待しつつ


その待ち時間が優しいものに成りますように



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『フィッティング』~ 自分で歩む足だから


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日々の暮らしの中で

靴のフィット感を気にすることはあっても

歩き方のフィット感を気にする

機会は少ないかな



歩く姿勢 や 足取り 歩幅 は

自分では なかなか 見ることが出来ないから

自分の 歩み方 が 正しい姿勢 って

自信を持って歩んでいる人はどれくらい

いるのかな



私は 自信 無いな

いや

自身のある 歩み方 が 出来なかったと思う




いつも人の 目 を気にして

いつも人の 気 を気にして


自信 を 無くして

自身 も 無くして


頼まれごとも

イヤと言えば

嫌がられ

自分の都合が積め混んでるのに

相手の都合を詰め込んで

だから 足かせは

思いの他 重い



当然 動きも悪くなり

頭にはやらなければ いけないことで

いっぱいで

自身の行きたい所へも行けない

頭の回転 も いっぱい いっぱい


動きが悪かったら 行けなくなったら

責められ 心の拠り所さえも 攻められる

当たり前だ


そんなこと わかっている はず なのに


そんなことが出来ない 性格

そんなことが出来ない 生活 を続けている


靴紐が緩んだことを指摘され

態度が弛んでいることを指摘され



いったい

どうしろ と 言うんだ


そんな歩みに 付き合ってくれた靴が

形が崩れ ボロボロとなり

廃棄する時がきた時に


靴 が 泣いて いるように感じた


一緒に 歩む 靴だから 辛さ や 重さだけで

歩いて欲しくない

快適や楽しさも味わって

欲しかったんじゃないかと


新しい靴を購入した時

自分の足を取り戻せるのか

自信は正直に言ってまだ無いが

新しい靴には 自分の 足しか 包めない

と言うことだけは

忘れずに 歩いて行こうと 思った


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『 いのち 駆けている 』


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命懸けって言葉は軽々しく扱えないけど

どんな小さなことにも命は使われている。



九死に一生を得た とか

死にもの狂いで なんとか切り抜けたとか

それは 確かに 命懸けなことだ と 思います




普通に息をしていることも

普通に行き来をしていることも

先の 大変なことに 比べたら

普通の息は 小さく 見えてしまうかもしれない


でも


生きているんです

大したこと無いように見えるけど

生きていることは 当たり前に 行えるほど

簡単なことじゃないんです





冬の吐息は 白い命 を使い

鼻の回りの赤らみは 赤い命 で出来ている

遅れまいとした顔色は 青い命 が垣間見れる

着いた先でホッとして暖まると

表情に 桃色の命が 宿っていて

差し出された お茶には ほっとした 緑の命 で

心が和まされる






こんなことは どこでも見られる光景だけど

あちこち に 多彩な 色彩の 命が 駆けていて

それが 生きてる者 の 息吹き だと思うんだ。




異形な 命懸けだけが 偉業なんかじゃない



命がいつも駆けている足音が

あちこちから

聞こえ響いてくる


そんな 日常が 今日もある


そんな 当たり前の日常に


駆けている命 は 何より尊くて

偉業 と言われる 命からがら な ことも

たくさんの 色が掛け合った 命の掛け 合い から

生まれているんだから



いのち の 掛け合い で 出来てる この世界に

自分の いのち も また 駆け続けているんだ


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『万緑叢中紅一点の彼岸花』

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紅一点 と 聞けば 羨ましいと思ってしまう

私は 浅はか なのかもしれないですね




大勢の中で目立つ、際立つ と いうことは

それだけの輝きを維持する為の努力とか

それだけの期待に答えていく責任が

常に付きまとうことだから



凡人な私からは羨ましいと見えても

光りある人にとっては 目立たない私なんか が

羨ましいと思うのかもしれませんね




この世の中で

ただ 純粋 に 美しさを纏うことは

なんと 難しいことなのか

それを 教えてくれているように感じました




あなた の 輝きは 美しく

あなた の 輝きは あなたの為の もので


回りに 担がれる 為のものでは なく

回りに 利用される為のものでは なく


あなたが あなたらしく 美しさを

誇れること だから


あなた の 想いに 呼応するように

あなた の 悲願が 叶いますように



ただ

ただ 、祈願 の 念を 込めさせていただきます 。






※万緑叢中紅一点 とは

(ばんりょく そうちゅう こういってん)


王安石「詠柘榴詩」から。


《あたり一面の新緑の中に赤い花が一輪だけ咲いている意》

・ 多くの男性の中に、一人だけ女性がいることのたとえ。紅一点。

・ 多くのものの中に、ただ一つだけ目立つものがまじっていることのたとえ。




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