『 か・げ・ふ・み 』~ 韻を踏んづけちゃったら ぺっしゃんこ。

「陰文」(かげふみ)。 韻を踏んづけちゃったお手紙です。

『歌題(かだい)に導かれて』

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私の詩は感情の走り書きで、

題名のない詩が先に創られてしまいます。

題名をつけるのが課題として…

いつも悩みとなります。

私は普段からテレビも観ないし、(持ってない。NHK料金はカーナビにテレビ機能があるので払ってます。もちろんカーナビでテレビ観ませんけど、法律なので仕方がないですね。)

音楽もインストばかり聴いていたので

流行にはとても疎くて水瓶座らしくない

水瓶座ですね(笑)

冗談はさておき、本題です。

歌詞は文学だと思います。

いち早く文学と追及されていたのが

佐野元春さんです。

もう、十数年前に、それこそNHKの番組を

持たれていて(番組名を覚えてなくて🙇‍♀️)

番組内で追及されていました。

その番組終了して数年後には

ノーベル文学賞でボブ・ディランが世界初のミュージシャンとして受賞されましたね。

というわけで

歌詞に込められた文学的表現の偉大さをお伝え させて頂きました。

で、何が言いたいのかというと このあとの記事に載せる予定の詩集『歌題』 は ズバリ、曲名からタイトルをつけさせて 戴いてます。 と言いたいだけの意味ありそうで 特に意味の無い 前説的なこの記事です🙇‍♀️💦

最近になりやっと、歌を聴く機会に恵まれて 音楽の 歌の 歌詞の 素晴らしさに 改めて感動しました。 (苦手だったんです…歌詞のある音楽を聴くのが…)

有難い機会に時代遅れですが 歌も知らずに死なずにすんでよかった。 もう少しだけ歌詞のある音楽を聴いていたので もう少しだけ生きていたい 今日この頃です。 ここまで読ませて何なんですが、この記事 ※スルーしてください。

『You've Got A Friend』/ Carole King より 曲名を戴いて詩を書きました。2021.11.24

二十四節気 小雪 より 『小雪の報せ』

. . . f:id:mylittlesadalusuudo:20211122211325j:plain 11/22 二十四節気小雪」は 私にとって 思い入れの深い日でもあります。 ちょうど、太陽が射手座に入る時期で、 この日は別名で「いい夫婦の日」とも 呼びますね。 ちょうど10年前にTwitterのアカウントを 作成した日もこの日です。 . まあ、 どうでもいい余談から入りましたが (笑) . . 「小雪」は 巷にだんだんと初雪が降り始める冬の季節の はじまりをさしています。 今 歩いている道、 今 歩いて来た道、 今から歩いていこうとする道 、 今 歩みを止めた道、 その道々に雪が降り始めて その道々はだんだんと白景色に変わっていく。 白紙に包まれていくようにも見えますね。 詩人にとって白紙は怖いです。 先行きが見えず、描く言葉が思いつかない、 それなら、 尚のこと 白紙の世界は怖く感じます。 今までの全部が遠退いていくような そんな叙情を感じさせるようにも思えます。 いえいえ、 そうでは無いんですよ。 確かに雪は先も後も覆い被せていくように 見えますが 春が来ると自然と溶けて行きます。 冬は一年で一番長い季節です。 半年位ありますね。 これから進む道を掻き進める為に 。 これから描く文字を書き綴る為に 。 これから自分という小説を進める為に 。 ゆっくり考えて 。 ゆっくり休んで 。 ゆっくり決めて 。 ゆっくり選んで 。 そんな眠りのような時間を 小雪は伝えてくれているのかもしれません。 「小雪」は 自分という「小説」に 「一小節」の 区切りを与えてくれている。 寒さはだんだんと厳しくなって来るけど 、 小雪の報せは、 小雪からの 優しく労りのこもった贈り物。 お歳暮みたいですね(笑) また あたたかい春を 歓ぶために。 . f:id:mylittlesadalusuudo:20211122214644j:plain

十枚綴り『 ひ・ぐ・ら・し 』




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不意に遅く目が醒めた ある 夏の一日 。

主語のないまま十枚の写真を手に取り

主語のないまま十枚の言葉を書き取り

主語のない 十枚の手紙を綴りました。

届いたなら きっと うれしく感じます。

読まれたなら もっと うれしく感じます。

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『ぼんやりと 目が醒めた。』

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『ゆっくりと 想い浮かべた。 』

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『のんびりと 歩いた。』

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『じっと 眺めた。 』

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『やっと 見つけた。』

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『そっと 見つめた。 』

また ただ 見とれながら

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『ふらっと また 歩いた。』

ただ 想像しながら


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『しっかりと また 眺めた。 』

ただ 祈りながら


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『はっきりと また 想い浮かべた。 』

ただ 今を 送りながら


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『ぼんやりと うたた寝した。 』

ただ 歌を聴きながら

また 君の歌で 目を 醒ますまで



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主語のないまま

感情と記憶だけ

目を醒まして

夏の一日から送った

十枚の暑中お見舞い。


君が このあと見る 夏も

どうか 美しい夏で ありますように。


君の 美しい夏を お過ごしください 。


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『 わ・た・し 』



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この 世界は 大きな 大きな ひとつの世界です。

たくさん の 輪に関わり

たくさん の 他と交わり

たくさん を 知ることで

わ・た・し が できていると思います。

この記事で伝える『わたし』は 著者をふくめ

『自分』ということです。

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ひと は 一人では生きていけません。

でも

この世界では 色々な考え方や見方を

各人 持っていて

統一されているわけでは決してありません。

多様な考えや見方を知り、協力しながら

この世界は回っています。

世界=社会と言ってもいいですね。

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繋がりというものは 共存 するために

豊かさをもたらしてくれるものであります。

でも

この繋がりというものが 時には

縛りや疲労の原因になることも否めません。

ひとたび 社会にでれば 社会人として

多様な価値観のある輪の中で

社会人としてのモラルを問われています。

正解なんて ひと それぞれなのに…ね。


会社では給与や賞与の査定にさらされたり

SNSでは イイね の数を気にしたり 等々

世間体を気にする機会が 日常には

たくさんあります。


私たちは世代や生まれた環境により

考え方等が違う中で

常に評価を気に止めながら

生活を営んでいるようにも

時々思えてしまいます。


それでも、その中から愛や協力の必要性を

見いだそうと ひと は動いてしまうのかも

しれませんね。


こうした関係の中で生じる

気にする思いは全くの関わりの無い

他人からはたぶん起きないでしょう。


家族や会社 友人 知人 恋人など 簡単に関係を

解消出来ない関係だからこそ生じるのでは

ないでしょうか。
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たくさん の 輪に入り

たくさん の 他を知り

たくさん の 師に学び

「わ・た・し」ができている。

でも、たくさんの「わ・た・し」が存在する

わけではないから 「わ・た・し」は あくまで

独りだけだから。

時々 自分を慰め、自分を労り

「わ・た・し」を 思い出してほしい。

たしかに

ひと は 一人では生きていけない。

この世界は大きなひとつかもしれない。

でも

ひとりひとりの見ている世界は

ひとりひとりが世界の中心であって

それが幾重にも重なって

この世界はできているものだから 。

誰かの子として生まれても

誰かの子というものじゃない。

ひと は 独りの 個 であるということも

忘れては

生けない。


作り笑い や 順調に進めることに必死になり、

なかなか

本心で ひと と関わりづらい世の中だから、

ついつい「わ・た・し」を

忘れてしまいやすい 世の中だから 、

少しでも「わ・た・し」

を思い出せる空間や環境を見つけて

生きたいですね。



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詩集『そら みあげれば』~そらぁ、いろいろ おもうさ。~




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毎日違う空があるから

同じ空の色はしていないから

空を見上げれば

綺麗ごとも 戯言も 絵空事

「そらぁ、いろいろ おもうさ。」

そらだけに(笑)。

そんな空を見て浮かんだ言葉を

集つめてみしました。
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空が あるから

ついつい見上げちゃうんだろうなぁ

これからも

いつまでも

詩集『今日だけ… 今日だけで…いいから』


「もう一度…もう一度だけ…」そんな声を

集めて詩集にしました。

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「 あなたの 声 は 永遠に 鳴りやまない 。 」
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最後の詩はサダルメリクとして詩を作るきっかけを与えてくれた方へのありがとうを込めたお陰様のお手紙です。

その後ろ姿を追い続けてこの日を迎えた

ある詩人の10年目の命日。

サダルメリクとして綴るこの最後の詩を

この詩人に宛てたお手紙とさせていただきす。

2021.6.23 my letter サダルメリク

『し・あ・わ・せ』 でした。



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渡り鳥 は タイムライン 。

青い鳥 は Twitter

この写真詩は Twitter への 感謝の

お手紙です。




愛猫のアイコンと一緒に2012.11/22の


小雪』 の日よりはじめたアカウントです。

それ故『小節』を一年一年刻みながら

書いてきた 小さな 『小説』 みたいな

私の物語 。



この度 諸事情により Twitter アカウントを

2021.6.5 にて 削除することになりました。


昨今では Twitterをはじめ SNSというものが

誹謗中傷や犯罪の道具として使われてしまう

こともある SNS ですが

利用を間違わなければ

例えどんなに遠くても 顔が見えなくても

心の交流が可能だと思います。

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最後のツイートとして書かせて戴いた

アカウントは決して一人で作るもんじゃない。



これは人生の中に置いても同じことが言える

と思います。


「袖すれ合うも何かの縁」

こんな慣用句があるように

画面の向こうには人がいる。

人を人として見ていれば例えSNS上でも

人生の時間を共に共有できると思います。



書くことの歓び 、読んでもらうことの歓び 、

読ませてもらうことの歓び 、学ぶことの歓び、

夢を持つことの歓び、等々

たくさんの可能性を秘めているツールです。

もし、SNS を されている方が

この記事を見てくださっているのなら

その使われているツールを

大事に 使ってくださいね。

見ている画面は 機械 でも

画面の向こうは 人 ですから 、

大切な 機会 を 有効に扱ってくださいね 。


わたし は たくさん の 歓び という宝物を

この Twitter というところで戴きました。

本当に し・あ・わ・せ・ 者 です。

しあわせ を ありがとう ございました。



🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀



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もし、この記事を 以前 Twitter で関わって

戴いた方が見てくださっているのなら

この場を お借り して 改めて

感謝を伝えさせていただきます 。


わたしの孤独で 寂しい心に あたたかい

風を吹き込んで 冷たくなりかけた

わたし の 心 をあたためてくれたのは

あなたです 。

本当に やさしい繋がりを ありがとう

ございました。

🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀

「すべて は 変わりゆく だが、 恐れるな友よ

なにも 失われていない」

(神林長平

戦闘妖精雪風アンブロークンアロー」より)


アカウント は もう 無いけど

ここでの関わりという記憶は

何ひとつ無くなったりしない 。



いつまでも大切に


わたしの心の中の本棚に保管されます。



愛猫 松風 とともに 夢中で走った約9年 。



さぁ おうち へ 帰ろう ただいま おかえり 。

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